妖艶毒婦伝 般若のお百 (1968)
妖艶毒婦伝 般若のお百
見たかお百を! 見逃せません宮園純子! たっぷりお色気 男をなぶる斬る刻む
夜鷹の子としてに生まれたお百は、美しく成長し、その成熟しきった肌は男を魅きつけた。男に見向きもしないお百であったが、浪人・新九郎の男らしさに惚れ込み、新九郎らが計画する佐渡から江戸に送られる金塊強奪に加担する。だが、襲撃は成功するも裏切り者により捕らえられ佐渡に流されてしまう。お百はいつか佐渡を抜け出すことを心に誓う。
- 公開日
- 1968-10-12
- TMDB
- 6.9 / 10 (17)
- 上映時間(分)
- 1時間30分
- ジャンル
- アクション, ドラマ
- 監督
- 石川義寛
- シリーズ
- Legends of the Poisonous Seductress
キャスト
- 宮園純子 — Ohyaku Dayu
- 若山富三郎 — Boss Minokichi of Otowa
- 村井國夫 — Shinkuro
- 小松方正
- 芦屋雁之助 — Genji
- 三島ゆり子 — Omon
- 関山耕司 — Bunzo
- 南原宏治 — Sengoku
- 津島恵子
- 中村錦司
- 名和宏
- 高野眞二
豆知識
『妖艶毒婦伝 般若のお百』(ようえんどくふでんはんにゃのおひゃく)は、1968年公開の日本映画。宮園純子主演・石川義寛監督。東映京都撮影所製作・東映配給。モノクロ映画。
製作
企画は当時の東映映画本部長兼企画製作部長兼京都撮影所(以下、東映京都)所長・岡田茂プロデューサー。脚本の高田宏治は「"極妻"に至るぼくの女侠路線の原点」と話しているが、岡田の着想はエロ要素を押し出した"毒婦もの"であった。岡田が女優の活路を構想し、東映の新シリーズ"毒婦もの"第一弾として本作を企画した。
本作公開の1か月前から、同じ岡田企画で東映初の"女侠もの""女ケンゲキ"藤純子主演の「緋牡丹博徒」が始まっており、同じ傾向の女侠映画を二つやる必要はなかった。『大奥㊙物語』が興したエロ時代劇のブームで、当時は異常性愛路線も敷かれ、女だてらに刺青いっぱいの女剣戟の流行を合わせ、"毒婦"猟奇路線と東映"名物"セックス路線(東映ポルノ)に加えて女侠をミックスした新シリーズである。"毒婦もの"というのは戦前から作られていた映画ジャンルで、高橋お伝や阿部定、夜嵐お絹といった歴史的に世間を騒がせた実録女性犯罪を取り上げた映画を指す。本作の主人公・お百とは、生い立ち等がかなり違うが、江戸時代を代表する毒婦・妲己のお百のことで、本作は実録映画でもある。主演の宮園純子には脱ぐことを条件に主演オファーを出した。
岡田は1964年2月に東映京都所長就任以降も当初は時代劇中心のラインナップを組んだが、興行不振が続くため、1965年に時代劇をテレビに移す決断を下し、岡田が東映京都所長就任前の1963年に54本作られた時代劇を他のジャンルの映画に転換する過程に於いて、「映画ではテレビでは出来ない"不良性感度"映画を製作する」と宣言し、東映京都の専門である時代劇からの転換が比較的容易なヤクザとエロを二本柱に、1965年に「東映好色新路線」としてエロ映画を大手映画会社で初めて路線化する方針を打ち出した。岡田は1969年の東映社内報で「セックス、暴力といったものは娯楽映画の基礎的条件の一つで、表現形式はいろいろ変わっていくと思いますが、消えるということはありませんよ」などと述べている。
1965年に発表された「東映好色新路線」第一弾は『四畳半襖の下張』(『四畳半物語 娼婦しの』)だったが、公開が1年延びた。さらに藤純子主演で『毒婦・高橋お伝』、大川橋蔵主演『女犯破戒』、『番町人肌絵図』(下飯坂菊馬脚本を予定)、平安朝時代のセックスと暴力を描く佐久間良子主演『女盗賊』、井原西鶴原作の『好色親不孝』(野口竜雄脚本を予定)、明治・大正・昭和と三代の売春三部作『日本売春伝』(佐治乾脚本を予定)、『大奥㊙物語』を製作すると発表した。しかし『毒婦・高橋お伝』は藤純子に拒否され、代わりに配役した佐久間良子には、「作品の意図は分かるけれど、好色路線といわれては出る気はしません」と断固拒否され、大川橋蔵のために企画した延命院日当を描く『女犯破戒』も「ボクにできるわけがない」と拒否され、小川知子には『尼寺㊙物語』で「もっと裸になれ!」と怒鳴り、東映から逃げられるなど、東映の看板俳優たちに嫌がられ、なかなか路線化に至らず、エロ路線が軌道に乗るには製作まで2年を要した『大奥㊙物語』の大ヒットま…
1968年5月に岡田茂が映画本部長兼企画製作部長に就任し、東映の映画製作は岡田に一任された。ここから岡田の指揮下で、東映は暴力とエロを前面に押し出した"不良性感度路線"を突き進み、特異なエネルギーを放った。本作の一つ前の番組が『ごろつき』/『不良番長』、一つ後が『人生劇場 飛車角と吉良常』/『夜の歌謡シリーズ 命かれても』、二つ前が『徳川女刑罰史』であった。
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