大いなる旅路

大いなる旅路 (1960)

雨の日も風の日も雪の日も―機関車に生き、鉄路を愛した鉄道員三十年の歴史!!

大正末期の盛岡。国鉄の機関士助手を務める岩見浩造は、先輩の橋本機関士が雪崩に遭遇し命を落としてしまったことを機に、列車の安全運転に生涯を懸けることを決意する。やがて、漁師の娘・ゆき子と結婚、三男一女をもうけるが、戦争の波が押し寄せ…。

公開日
1960-03-08
TMDB
8.0 / 10 (1)
上映時間(分)
1時間35分
ジャンル
ドラマ
監督
関川秀雄

キャスト

豆知識

『大いなる旅路』(おおいなるたびじ)は、東映東京撮影所が製作した1960年(昭和35年)公開の日本映画である。国鉄の機関士とその一家の30年にわたる物語を描く。

製作

この映画の中での機関車転覆事故は実際に1944年3月12日、山田線の平津戸駅と川内駅の間で蒸気機関車C58283牽引の貨物列車が転覆した事故(山田線列車転落事故)をモチーフにしている。全編を通じて鉄道機関士の真摯な生き方を描く作品であると評価され、当時の国鉄の協力を得た。映画では同じ山田線の浅岸駅で蒸気機関車18633を実際に盛岡鉄道管理局長立会いで脱線転覆させて撮影を行った。この時代の番線映画としては信じがたいが、撮影期間は2年にわたったとされる。

企画は脚本の新藤兼人で、前述の事故で「死ぬ間際まで安全のため職務を全うした機関士」として国労の殉職者名簿の記録された加藤岩蔵機関士のエピソードを知った新藤が脚本を手がけて関川秀雄監督に提供したといわれる。三國連太郎が演じる主人公の名前・岩見浩造は加藤岩蔵の名前を捩ったものとなっている。東映のプロデューサー・俊藤浩滋は著書で「国鉄OBでもある大川博社長が自ら企画した唯一の映画でないか」と述べている。

実車を使用した事故再現シーンも大川と国鉄の結びつきがあって生まれた面があり、東映は国鉄から表彰も受けるなど良好な関係を築いていた。また、監督の関川秀雄の実兄は、国鉄でのちに新幹線開発にかかわり、鉄道運転局長や北海道総局長などの要職を務めた関川行雄であった。

これらの関係を前提に企画された『新幹線大爆破』で、東映は国鉄から思わぬ拒絶を受けることとなる。

サードの助監督だった内藤誠は「昔も勿論、撮影中に酒を飲んだら大問題だけど、関川秀雄さんは撮影中の夕飯に飲む人でね。僕が東映に入りたての頃、『大いなる旅路』の盛岡ロケで関川さんが『内藤、一杯いくか?』って言うから一杯クッといっちゃったんだけど、僕はすぐ顔が赤くなる方だからチーフに『お前、夜間ロケがあること、知ってるだろう!東京帰れ!監督が飲んでることだって怒鳴りつけてやりたいぐらいなのに、お前が飲んだら照明部だって怒るだろう!』と怒られた。それで荷物をまとめていたら、それを見ていた照明部や他のスタッフが『入りたてでよく知らないんだから、そういうのはやめてくれ。内藤が帰るなら俺らも帰る」と言ってくれ、帰らずに済んだという。内藤は「当時の東映東京撮影所のスタッフルームにはビールが常備されていて、撮影が終わったら皆で飲んでたんですよ。2011年に久々に映画の現場に行ったら、撮影が終わると、皆パソコンに向かうんだよ。あれは不思議だったなあ。現場は終わったらビールでしょ!」などと述べている。

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