竜二

竜二 (1983)

フッとヤクザの足を洗ってみたが... 親子三人、2DKの愛情は俺の棲み家になるだろうか。

新宿にシマを持つ三東会の幹部、花城竜二。3年前に拘置所に入れられて以来、妻と娘には会っていない。どうしても妻と娘と暮らしたい竜二は足を洗い堅気の世界へ踏み込み、妻と娘とともに新たな人生を歩み始めるが…。

公開日
1983-10-29
TMDB
7.1 / 10 (8)
上映時間(分)
1時間32分
ジャンル
犯罪, ドラマ, ロマンス
監督
川島透

キャスト

豆知識

『竜二』(りゅうじ)は、1983年公開の日本映画。金子正次脚本・主演、川島透監督。PRODUCTION RYUJI(金子正次)製作、東映セントラルフィルム配給。

製作

アングラ演劇の主演俳優だった金子正次が1981年1月、同劇団の解散公演の楽日に大量に吐血し病院に担ぎ込まれる。一命は取りとめ、既に手遅れの状態の末期の胃ガンと診断されたが、本人には最後まで病名は伏せられた。

金子は東映任侠映画が大好きで、退院からの二年間、ヤクザ映画を作りたいと精力的に映画製作に取り組んだ。しかし1980年代初頭、ヤクザ映画は完全に死んでいた。1980年、1981年とヤクザ映画は1本も公開されず、1983年、深作欣二、佐藤純彌、中島貞夫監督でリメイクした『人生劇場』も興行が振るわず。

最初に競馬のノミ屋を描いた「ちんぴら」(『チ・ン・ピ・ラ』として1984年映画化)の脚本を書き、大手映画会社に持ち込むが、「脚本はいいが、主演は君には務まらない。他のキャストでやってみればどうか」と言われこの話を蹴る。無名の監督、キャストではメジャーの配給ルートに乗せられない。

主役しかやるつもりのない金子は大手映画会社での製作をあきらめ、自主製作にしようとかつての演劇仲間たちに声をかけた。プロデューサーには原宿学校(現・東京映像芸術学院)時代の友人・大石忠敏(のちの川島透)に頼んだ。金子は鈴木明夫の名前で1982年秋「竜二」のシナリオを書き上げ、製作費3000万円は、自己資金と実家や知人からかき集め、配給会社のあてのないまま、1983年1月6日に、同じく原宿学校の同期である吉田豊を監督としてクランクイン、金子の書いたシナリオ通りに撮影された。

金子の妻役の花城まり子を演じた永島暎子は「金子さんはもう、自分はもうだめなんじゃないかと分かっていたんじゃないかと思います。金子さんは、松田優作さんと、まだ松田さんが売れない時からの親友で、かたや松田さんは映画界でどんどんスターになって、自分は何をやっているのか田舎の親も誰も知らない。東京でやくざやっているんじゃないかと言われてて、自分の形が映るということをやっぱり映画でやりたかったんでしょうね。だから自分が主役をやるための映画の脚本をたくさん自分でも書いてらして、売れるとか決まってるわけじゃないけれども、とにかく友達のお金集めていきなり作ってしまったという。 やっぱり最後に自分の形が映るということを映画でやりたかったんでしょうね。それだけなんだと思いますけど」と述べている。

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