肉体の門

肉体の門 (1988)

うっかり抱くと危いよ! 1947夏、爆ぜる女の謝肉祭。

昭和22年、いまだ戦争の傷痕が至るところに残り、一面焼け野原が広がる東京。新橋駅界隈では、通称“関東小政”こと浅田せんや、“ボルネオマヤ”こと菅マヤら、家や家族を失って売春婦となった女性たちが徒党を組み、“らくちょうのお澄”率いるライバルグループや、闇市を仕切るヤクザの袴田一家と、縄張り争いを繰り広げていた。そんなある日、せんたちのもとに、元陸軍上等兵の伊吹新太郎がMPに追われて逃げ込んでくる。

公開日
1988-04-09
TMDB
6.2 / 10 (41)
上映時間(分)
1時間59分
ジャンル
ドラマ, 犯罪
監督
五社英雄

キャスト

豆知識

  • 原作:肉体の門

『肉体の門』(にくたいのもん)は、1988年公開の日本映画。主演:かたせ梨乃、監督:五社英雄。東映京都撮影所製作、東映配給。本作は、五社にとって最後の東映作品である。

製作

五社英雄の娘・五社巴が『鬼龍院花子の生涯』で名声を掴むまでは「五社にかかったら何をされるか分からない。間違いなく脱がされるだけと女優の間で敬遠されていた」と話しているように、本作でも女優のヌードは勿論、2019年の今日ではコンプライアンス違反にあたると見られる危険な撮影が行われた。壮絶なリンチシーンは皆、思いっ切り殴り蹴り。

映画の主な舞台である関東一家のアジト「新橋の廃ビル」は、内部のシーンは太秦の東映撮影所で撮影された。ビルの外側の撮影は琵琶湖湖畔のオープンセットで撮影され、芦田伸介演じる彫師が乗る船は、実際に琵琶湖に浮かべて撮影された。また、冒頭のせんたちがGHQの検挙から線路上を走って逃げる場面は、JRの車両基地を使って撮影された。

本作の物語は夏の設定だが、撮影は1987年の12月から始まり、1988年1月クランクアップ。

。同様に真冬に撮影された五社映画『吉原炎上』と同じく、セリフを言う時に役者たちの息が白くならないよう、事前に口に氷を入れて冷やしてから本番に臨んだ。また、本作の撮影期間は、太秦の東映撮影所のすぐ近くのマンションの一室を西川峰子が借り、その部屋で長谷直美、芦川よしみと3人で寝起きしていた。長谷と芦川は、西川から「冬は底冷えとなる京都での撮影は過酷だから、空き時間に気軽に休めるように」と部屋に来るよう誘ってくれたとのこと。

東映京都撮影所で撮影中の1988年1月16日夜10時頃、マッハ文朱扮するビッグママお京が通り過ぎた直後に丸太小屋が崩れ落ちるシーンを撮影中、手違いでマッハの頭に長さ3m、直径20cmの丸太ん棒がドカーンと当たり、マッハは床のコンクリートに頭を強烈に打ち、2、3回バウンドし気を失い大怪我、そのまま入院した(別の記事では、「大事に至らなかったが、念の為病院で一泊して撮影に復帰した」とされる)。丸太が当たった際、マッハの「痛い!」という絶叫が現場に響いたが、本作ではその声をなくした上で映像がそのまま使われている。

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