ガメラ対大魔獣ジャイガー

ガメラ対大魔獣ジャイガー (1970)

南太平洋の孤島にある古代の石像が大阪万博に出展されることになり、移設作業が行なわれることになった。島の文化使節はたたりを恐れて反対するが、作業は強行される。やがて石像が運ばれた跡地から、魔獣ジャイガーが出現する。石像は魔獣の封印石だったのだ。石像を追って日本へ向かったジャイガーは大阪の街を破壊しながら万博会場に迫る。そこへ正義の怪獣ガメラが立ちはだかるが、ジャイガーはガメラに卵を産み付ける。

公開日
1970-03-21
TMDB
5.7 / 10 (74)
上映時間(分)
1時間23分
ジャンル
アクション, アドベンチャー, サイエンスフィクション, ファミリー, ファンタジー
監督
湯浅憲明
シリーズ
ガメラ シリーズ

キャスト

豆知識

『ガメラ対大魔獣ジャイガー』 は、1970年(昭和45年)3月21日に公開された日本の特撮映画作品。ガメラシリーズの第6作目。製作は大映(大映東京撮影所)、配給は大映。カラー、大映スコープ(ワイド)。上映時間は83分。同時上映は『透明剣士』。

制作

本作品の制作時、すでに大映本社の経営は末期状態で倒産の気配は濃厚だったが、湯浅憲明はそれでもアイディアを凝らし、ミニチュア特撮にこだわる演出姿勢を貫いている。湯浅は本作品から社員監督としてでなく、1本ごとの「契約監督」扱いで関わっている。社員監督だと残業の際に保証される「夜間手当」は契約監督にはつかないため、湯浅は撮影所で「夜間」と「ヤカン」を引っかけた社員たちから、「あいつは悔しくてヤカンを蹴飛ばしてるらしいぞ」などと悪評を立てられたという。

ガメラの体内での撮影では、準備中に照明スタッフが脳溢血で倒れてしまった。体内セットが軟らかい素材だったため、クッションになってそのときは無事だったが、映画完成後に亡くなったという。その照明スタッフが倒れた際に最後に発した言葉が「ゆ・・」だったため、スタッフ内では「ゆあさ(湯浅)に殺されると言いたかったのでは?」と笑い話になったという。湯浅は「倒産寸前のストレスからくるストレス死だ」と語っている。当時、大映本社の経営状況悪化と労使抗争から「スタッフ全員、ストレスが山のようだった」という。

万博会場がクライマックスの舞台であるが、パビリオンを壊すわけにもいかず、代わりに大阪市街地の特撮セットが組まれ、シリーズでは『大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス』(1967年)以来、久しぶりに見応えのある大規模な都市破壊の特撮シーンが描かれている。昭和シリーズで都市破壊が見られるのは、本作品が最後である。それでも製作費はギリギリの状態だったため、湯浅によると、最終的に永田雅一に直談判して、特撮セット一杯分の約3,000万円の追加予算を得た。ガメラがジャイガーに寄生産卵されて到達する大阪港の発電所付近のセットは、この予算で作られた。

ジャイガーの子供がガメラに寄生するシーンは、湯浅によると「予算は無いし、やることは大体前のガメラでやりつくしちゃったので、どうしようかと思って考えた」アイディアだったという。寄生卵の描写で、ゾウの鼻を切開して寄生虫の塊を取り出す記録フィルムが劇中に挿入されるが、これは多摩動物公園に協力してもらい、ゾウにメイクし、ブタの回虫を使って撮影したもの。「気味が悪い」と評判だったというが、湯浅も「撮ってる僕も気味悪かった」と笑っている。そのまま映すのははばかられたため、フィルターをかけてモノクロームに処理している。

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