大怪獣バラン

大怪獣バラン (1958)

When a rare species of butterfly is found in a mysterious valley in Japan, a pair of entomologists go to investigate and find more. They discover Varan, a giant monster, who decides to leave the valley and head straight for Tokyo.

公開日
1958-10-14
TMDB
5.8 / 10 (38)
上映時間(分)
1時間27分
ジャンル
サイエンスフィクション, ホラー
監督
本多猪四郎

キャスト

豆知識

『大怪獣バラン』 は、1958年(昭和33年)10月14日公開の日本の怪獣映画。製作・配給は東宝。モノクロ、東宝パンスコープ作品。上映時間は87分。監督は本多猪四郎、主演は野村浩三。

製作

音楽は伊福部昭が担当した。バランのテーマ曲は、『空の大怪獣 ラドン』でのラドンのテーマをアレンジしたものである。

1957年、海外資本のAB-PTピクチャーズは東宝に対して、東洋の怪物を題材にしたテレビ放送用の新作怪獣映画の共同製作を持ちかけた。打診を受けた東宝は1話30分構成の全4話、CM挿入はフェードイン/アウト方式とする『大怪獣バラン』の製作を企画した。この際、田中友幸は収益を確保するために、あえて低予算で製作する方針を決めた。

原作は怪奇小説家として知られ、『空の大怪獣 ラドン』も手掛けた黒沼健である。後年、黒沼は「『空の大怪獣 ラドン』がアメリカで公開された後、アメリカから東宝に依頼があったそうです。それで、田中さんから“何でもいいから考えてくれ”と言われたんです」と語っている。脚本の執筆は関沢新一が担当した。『大怪獣バラン』は彼が最初に手がけた怪獣映画であり、後年「ゴジラシリーズ」の脚本に多く携わることになる。執筆に際しては「ベーシックでシンプルなもの」を書くように指示を受けたという。また、海外輸出を意識して「東洋」の要素が強調され、準備稿でのタイトルは『東洋の怪物 大怪獣バラン』となっており、この副題は公開時のキャッチコピーや怪獣バランの二つ名としても用いられている。一方、『ゴジラ』(1954年)以来、東宝特撮映画のテーマとなっていた核の恐怖は扱われていない。

1958年7月から撮影が始まり、形式はモノクロ、フィルムはアスペクト比1.33:1のスタンダードタイプで撮影された。当初は日米合作作品として製作が進んでいたが、途中でAB-PTピクチャーズが倒産してしまい、これに伴い東宝は『大怪獣バラン』をテレビシリーズから劇場映画として公開する方針に転換した。本多猪四郎は東宝の方針転換による撮影をやり直すことができなかったため、ワイドスクリーン用に『怪獣王ゴジラ』の日本公開時に用いた「ブローアップ」という方式を採用し、東宝は2.35:1の「東宝パンスコープ」として売り出し、これにより本作品は東宝特撮初のシネマスコープ版映画(東宝パンスコープ)となった。後年のインタビューで本多は、途中で撮影方式が変わってしまったため苦労した旨を語っている。

プール撮影中にライトの電源ボックスが水の中に落ち、バランの着ぐるみに入っていた手塚勝巳が感電して失神したが、救急車が来たころには意識が戻っていた。また、トラックがバランの下で爆破するシーンでは中島春雄が腹を火傷した。バランが船に突っ込むシーンは、相模川で中島が入ったバランの着ぐるみをワイヤーで釣ってモーターボートで引っ張って撮影したが、水の抵抗で着ぐるみが沈み、中島は溺れかけた。羽田空港のセットは、圓谷英二が想定していたよりも大きく作られた。東宝のスタジオで撮影できない部分は、サウンド・ステージと安普請の撮影セットを借りて撮影している。人々が避難するシーンは東宝の敷地内で撮影したため、一部のシーンに東宝のオフィスやサウンド・ステージが映り込んでいる。撮影は28日間行われ、8月中旬に終了した。

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