素晴らしき日曜日 (1947)
恋する二人の
楽しくなるはずの日曜日のデートでことごとく厳しい現実に遭遇して落ち込む恋人たちが、最後にはそれでも明るい未来に希望を抱き絆を強める姿を巨匠・黒澤明監督が描いた瑞々しい感動編。とある日曜日にデートを計画した雄造と昌子。でも、手持ちのお金はたった35円。お金がないなりになんとか工夫して楽しいデートをと考えるのだが、そんな二人に容赦ない現実が待っていた。すっかり惨めな気持ちになって帰路につく二人だったが…。
キャスト
- 沼崎勲 — Yuzo
- 中北千枝子 — Masako
- 渡辺篤 — Yamamoto
- 中村是好 — Dessert Shop Owner
- 内海突破 — Street Photographer
- 並木一路 — Street Photographer
- 菅井一郎 — Black-marketeer
- 清水将夫 — Dance Hall Manager
- 小林十九二 — Overweight apartment receptionist
- 水谷史郎 — Waif
- Aguri Hidaka — Dancer
- Midori Ariyama — Sono, the black-marketeer's mistress
豆知識
『素晴しき日曜日』(すばらしきにちようび)は、1947年公開の日本映画である。監督は黒澤明。敗戦直後の東京で貧しい恋人たちがデートをする中で厳しい現実に直面し、それに立ち向かい力強く生きようとする姿を通して、当時の日本社会をリアルに描いた作品。モノクロ、スタンダードサイズ、109分。
製作
1946年、東宝撮影所では第2次東宝争議が発生し、ストライキに反対したスター俳優が「十人の旗の会」を結成のうえ東宝を退社し、新東宝の設立に参加した。東宝はスター主義の新東宝に対抗するため、組合主導で5本の監督主義作品を企画し、伊豆長岡温泉の旅館に合宿してシナリオを執筆した。
本作はその企画のうちの1本として企画されたが、黒澤は同じ企画作品の『銀嶺の果て』『四つの恋の物語』の脚本も書かなければならなかったため手が回らず、小学校の級友である植草圭之助と骨子について話し合い、植草に第1稿を任せた。1947年1月8日、撮影所近くの寮で黒澤とプロデューサーの本木荘二郎とともに第1稿の検討に入った。それから10日間かけて、黒澤と植草は寮に泊り込みで決定稿を執筆した。物語はD・W・グリフィス監督の無声映画『素晴らしい哉人生』をヒントにしたものである。「平凡で目立たない恋人」という設定に忠実な、スター的でない配役をするため、徴兵による長期ブランクから復帰したばかりの沼崎勲と、キャリア4年目の中北千枝子を起用した。いずれも世間的にはまだ無名の俳優であった。
東宝撮影所では本作を含めて4作品が同時に撮影に入ることになり、東宝従業員組合から、経費節約のためセットを使わずオールロケーションで撮影するように要求された黒澤は、本作をセミドキュメンタリー的な手法で作ることにした。撮影は新宿や上野動物園などで行われたが、演技経験の少ない沼崎がロケ地の見物人の前で緊張して演技ができなくなり、本木が製作部に交渉したことで撮り残したシーン(日比谷公会堂、日比谷野外音楽堂など)をセット撮影に変更した。
ラストシーンでは、中北演じる昌子が観客(第四の壁)に向かって話しかけ拍手を呼びかける、という実験的演出が試みられた。黒澤はこの演出で観客が拍手して映画に参加することを期待した。実際のシーンとなった黒澤案に対し、植草はこのあとに誰もいない舞台から拍手が聞こえ、何組もの主人公と同じ境遇の恋人たちが坐って拍手をしているという演出を主張したが、黒澤は自分の案を主張してゆずらなかった。沼崎演じる雄造が『未完成交響曲』に合わせて指揮棒を振るシーンでは、沼崎が音痴で振り方がぎこちないので、黒澤と音楽担当の服部正は指揮棒の振り方を教えるのに苦労したという。
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