陽炎 (1991)
昭和3年、熊本の花街・ニ本木。男と女の欲望が渦巻く料亭・八雲に女胴師がやって来た。かつて八雲の娘であった城島りんは、そこでかつての父の仇、常次郎を見て復讐の炎を再び燃え上らせる。
キャスト
- 樋口可南子 — Rin Jyoshima
- 仲代達矢 — Tsunejiro Murai
- 荻野目慶子 — Koyoshi
- 本木雅弘 — Ichitaro Kosugi
- かたせ梨乃 — Chiyoharu
- 竹中直人 — Yasugoro
- 川谷拓三 — Ryukichi Ineda
- 白竜 — Iwazo Otaki
- 清水ひとみ — Kimiyu
- うじきつよし — Take
- 岩下志麻 — Yoshi
- 丹波哲郎 — Denkichi Tsuzaki
豆知識
『陽炎』(かげろう)は、1991年公開の日本映画。バンダイ・松竹・松竹第一興行製作、松竹配給。樋口可南子・仲代達矢主演、五社英雄監督。原作は栗田教行名義時代の天童荒太。 昭和初期の熊本を舞台に、愛憎がうずまく料亭を巡って一人の女胴師の活躍を描く任侠アクション映画。
製作
東映映画のファンでもある松竹の奥山和由が、五社英雄に映画を撮ってもらいたいと考えるのは自然の成り行きで、同時期に奥山は翌年公開される『いつかギラギラする日』も深作欣二と製作中だった。奥山が松竹の撮影所付きの映画プロデューサーに昇格した1980年代始めに、最初は勝新太郎主演・五社監督で『座頭市』を作ろうとしていたが、打ち合わせの段階で勝と五社の折り合いが悪く、ご破算になった。その後、1987年に奥山がプロデュースした『ハチ公物語』が大ヒットし、五社から暖かい手紙を貰い、1989年に『226』を製作する際、五社に監督を頼んだ。『226』公開直後に五社は京大病院に入院し食道がんの手術を受けていた。退院祝いで奥山が五社に会ったら、五社は痩せて別人にようになっており、『226』の仕事が相当ハードだったのだろうと申し訳ない気持ちがあり、五社の復帰作として本作の監督を頼んだ。
松竹を主体とした映画ながら、東映が1982年の『鬼龍院花子の生涯』の成功を受けて、以降『陽暉楼』『北の螢』『櫂』と敷いた女性任侠新路線と同じ、監督・五社英雄、脚本・高田宏治、 撮影・森田富士郎、美術・西岡善信、編集・市田勇のスタッフワークで、さらに仲代達矢やかたせ梨乃、夏八木勲、岩下志麻、緒形拳といった五社作品の常連俳優が多数出演するため、東映の女ヤクザ物との違いはあまりない。
樋口可南子は五社監督が抜擢したとされる。五社は樋口を凄味のある女優などと評価した。かたせ梨乃や仲代達矢、岩下志麻、夏八木勲らは、五社の復帰作を手助けしたい心意気で出演したとされる。
撮影は1990年秋。五社監督は撮影時にはもう病魔に侵され、調子が悪く強引さはもうなかったという。仲代達矢は1969年の『出所祝い』の下北半島ロケとかに五社監督と一緒に風呂に入ったときにはなかった全身刺青が、本作で風呂に入ったときに五社の体にあって驚いた。そのときは死を予感して、アウトローとして生まれた自分自身を刻みこもうとしたのかなと思ったという。五社が刺青を彫ったのは『陽暉楼』の撮影中の1983年3月とされる。死期を悟った五社は息子のように可愛いがっていた竹中直人にも撮影前に刺青を見せた。
主たる舞台となる熊本市の遊廓二本木の料亭八雲などは松竹京都撮影所に建設されたものと見られる。冒頭の島木譲二らが出る大阪設定のシーンは実際の蒸気機関車を使って撮影されているためロケと分かるが、大半を占める熊本のシーンで明らかにロケと分かるシーンはほぼない。オープニングクレジット前の洗い髪をするシーンで背中に彫り物をした樋口可南子がチラッと横チチを見せる他、中盤で手本引のいかさまを練習するシーンで樋口の胸を正面から捉えたカットがあるが樋口の濡れ場はない。
Wikipediaで続きを読む · テキストはWikipedia、CC BY-SA 4.0。データはWikidata。
おすすめ
- アウトレイジ 2010 · ★ 6.9
- 用心棒 1961 · ★ 8.1
- 仁義なき戦い 1973 · ★ 7.3
- ミラーズ・クロッシング 1990 · ★ 7.4
- 仁義なき戦い 完結篇 1974 · ★ 7.2
- アウトレイジ ビヨンド 2012 · ★ 7.0
- 肉体の門 1964 · ★ 6.6
- 天国と地獄 1963 · ★ 8.4
- 孤狼の血 2018 · ★ 7.2
- 復讐するは我にあり 1979 · ★ 7.5
- 仁義なき戦い 頂上作戦 1974 · ★ 7.0
- ヤクザと家族 The Family 2021 · ★ 7.4